何故ヒーリング、透視に夢中になったか?

先日のチャクラ講座の中で、ゾーンに入るということが話題になりました。

ゾーンに入るとは

ゾーンというのは一般的には変性意識に入っていたり、高次の視点を得た中で行っている状態を言っていると思ってください。

ゾーンとは、集中力が非常に高まり、周りの景色や音などが意識の外に排除され、自分の感覚だけが研ぎ澄まされ、活動に没頭できる特殊な意識状態。

“何故ヒーリング、透視に夢中になったか?” の続きを読む

チャネリング)タツノオトシゴ

チャネリングメッ

セージ

お手元の水晶透視をされて体験されてください。

またはカードをみつめてあなたがつながるチャンネルを使って言葉、印象を紡いでください。

水晶透視講座、またはサイキックチャネリング講座も承っております。

わたしの外は空っぽでわたしがたくさん、積載物があふれていることをタツノオトシゴに教えてもらう。
世界はいつも空っぽでわたしのわたしはいつだってあふれている。
世界にわたしを探してみてもあるはずはない、空っぽだから。
わたしはいつも不安で、外に大事なことを探しては失望することに慣れっこだった。
わたしのわたしはいつだって、満されたなかにいて、漂いながらもわたしのわたしで我慢強くわたしを見守り、わたしのそばで夢をみて、あくびをする。
そろそろと誰かの夢をみるのはやめて。
そろそろ自分のなかに良いことがあり、
あなたのなかに全ての種はあり、
始まりの始まりを待っている。
自分の外は空っぽで
あなたが踊る相手にしては、空っぽすぎるんだよ。
その内なる重さを思い出し、あなたの重さとともにあればよいのさ。

タツノオトシゴ

わたしの外は空っぽでわたしがたくさん、積載物があふれていることをタツノオトシゴに教えてもらう。
世界はいつも空っぽでわたしのわたしはいつだってあふれている。
世界にわたしを探してみてもあるはずはない、空っぽだから。
わたしはいつも不安で、外に大事なことを探しては失望することに慣れっこだった。
わたしのわたしはいつだって、満されたなかにいて、漂いながらもわたしのわたしで我慢強くわたしを見守り、わたしのそばで夢をみて、あくびをする。
そろそろと誰かの夢をみるのはやめて。
そろそろ自分のなかに良いことがあり、
あなたのなかに全ての種はあり、
始まりの始まりを待っている。
自分の外は空っぽで
あなたが踊る相手にしては、空っぽすぎるんだよ。
その内なる重さを思い出し、あなたの重さとともにあればよいのさ。

アカシックレコード)水晶透視ーペルセフォネ

今日は、女神とはなす。

水晶透視

ペルセフォネ

放り出されたもの
見捨てられたもの
おいていかれたもの
悲しみとあるもの、悲嘆とあるもの
悲しみが自分の中で飽和し、あふれだし世界をつくる。あふれ出した悲しみが私とあり、世界は苦しみのようである。

私は目の前にひろがる世界を知り、頂の上からいつも落ちる者である。

そしてまたその頂から眺め、豊穣なる大地を見つけるもの。

私の身体が様々なものを産み出し、そして私の身体はいつも空白であり、枯れゆくもの、咲き誇るもの。

穢れてゆき、その穢れは焼き滅ぼされ土地の上で風に舞い、ちりぢりになる。

ただ風と共にいく。

風と共に消える。

メディスンについて

「メディスン」
アメリカ・インディアンの人たちの「すべてのものにスピリットが宿ると認識する精神世界」
の全体を理解するときのキーワードの一つとなっている。
「この宇宙にあるものすべてことごとくつながっている」とされていて、
メディスンは「それら万物のスピリットの部分に影響を行使する不思議な力」
この力が精神、そして結果的に肉体的な病を癒すこともある。
だからといってそれは単に「薬」、「治療」を意味するものではない。
日本の言葉にすると「不思議な」「人知を超えた」となる。こうした力を部族のために使ったり、病人の病の治療にもちいる人たちの総称が「メディスンマン」や「メディスンウーマン」であり、ふつうは「呪医」とか「呪術師」とか「祈祷師」とか「魔法使い」「シャーマン」と翻訳されたりする。
個人的に集められた石などもメディスンと言われえるようだ。
お守りとされるものも、それがなんであれ、メディスンである。
「メディスン」というのは、形が有る、無しに関わらず、あらゆるスピリットに働きかける特別な力の総称のことである。
スピリットに働きかける特別な力を、天職として自然界から与えられているのが、メディスンマンやメディスンウーマンと呼ばれる人。
メディスンがその人間にもたらされる対象の自然は様々なに異なる。
ベアメディスン:賢者の熊から病を治す薬草と不思議な力を授かったメディスンマン(ウーマン)。地球の薬箱。
スネークメディスン:知恵者の蛇から授かった者。
ロック・メディスン:石を使って病気を癒す者。
スモークメディスン:煙草の煙を使う人のこと。
一般的な煙草をイメージすると難しいかもしれません。本来のたばこはハーブによって作られています。
流通しているたばこは混ざりものも多いといわれています。
セージの葉で癒すことをする方もいらっしゃるようなのでそのイメージでしょうか。
メディスンマンが聖なる人という訳ではないことを注意することが大事。
アニマルメディスンでもあるコヨーテ的なメディスンは人をからかい、欺いて真理に近づく術を教えてくれる場合がある。
ジャンピングマウス
要約抜粋 

ジャンピングマウスがネットで読めますよ。

バッチフラワーエッセンスの発見と普遍的働き

バッチ博士が38種類の植物と出会う物語は、バッチ博士の人類への救済と神聖なる領域へと働きかける歴史でもあります。

創造主、そして宇宙のバッチのフラワーエッセンスは、まずバッチ博士が身近な野草から12種類の植物を出会いました。

植物には太古の昔から神話や伝承の物語があり、人類に共通する普遍的な無意識にある元型が見られる。その中で語られる植物から作られたエッセンスは人間の意識の更なる深層に働きかける。

12ヒーラーズ(12の癒やし手)・・・・・・・・1928年~32年にかけて発見

世界の広い範囲に 分布する身近な植物から作られ、国や文化を越えた空間的な広がりを持っている。

7ヘルパーズ(7つの助け手)・・・・・・・同じく1933~34年

人類が長い歴史の中で関わり続けてきた植物から作られることで、時間的な広がりを有している。

セカンド・・・・・・・同じく1935年

12ヘルパーズ

12ヒーラーズは、バッチの考えた12の性格分類に基づいて体系づけられています。

いろいろな試行錯誤があり、最終的には以下のような形になりました。

12の性格分類ということで占星術のサインをあてはめられています。

恐れ・・・・ミムラス・・・・・山羊座

戦慄・・・・ロックローズ・・・・・・魚座

心の苦しみまたは心労・・・・・アグニモリー・・・・・射手座

優柔不断・・・・・・スクレランサス・・・・・天秤座

無関心・退屈・・・・・クレマチス・・・・・蟹座

疑いまたは落胆・・・・・ゲンチアナ・・・・・牡牛座

心配性・・・・・チコリー・・・・・蠍座

弱気・・・・・セントーリー・・・・・乙女座

自己不信・・・・・セラトー・・・・・双子座

短気・・・・・インパチエンス・・・・牡羊座

熱中しすぎ・・・・・バーベイン・・・・・獅子座

プライドまたは冷淡・・・・・・ウォーターヴァイオレット・・・・・水瓶座

7ヘルパーズ

ゴース

オーク

ヘザー

ロックウォーター

ヴァイン

オリーブ

ワイルドオート

12ヒーラーズの心理状態より、よりかたくなな場合に使用されます。

まずは、ゴース、オーク、ヘザー、ロックウォーターの大半は大木であり、これらの植物のもつ集合的な力、生命力が圧倒的に、より深刻で厳しい状態にある人たちの助けになる

ヴァーベインとオリーブは聖書との関係。

バッチのフラワーエッセンスの効能など解説

クジラメディスン

クジラの腹で暮らしたのは誰だっただろう。
その名はピノッキオ。孤独なおじいさんの作った木のお人形。
大きな体内ですくすく育ち。ある時にもう出て行かないと行けなくなって、同じように流れ着いた仲間たちと、いや、一人だったか出て行こうとする。
早くおじいさんに会いたい。
おじいさんはピノッキオにとってはどんな存在なのか?
お腹の中は心地よくわたしのために与えられた快適空間。外は見えないけれどいろんなものが聞こえたり、感じたりすることでわかっている。
しかし、それは全てを自分に引き寄せて考えてしまうこと。まだ、これは私には関係ないことだという理性はわからない。
全てはわたしに関連付けられて、世界とわたしは一つだし、母とわたしは一つの時代。
母の喜びはわたしのもので、悲しみはわたしを全身で包みこむ。まるでシトシト雨が大地を打つように。染み渡るように。
いつかこの世界を離れてわたしは自分なりに誰かたちと暮らす世界のお腹を作るんだ。
その前にその前にお母さんと離れてしまわないといけない。それは奔放な濁流に乗って放り出されたり、母から自分を引き離した。引き離された。
それは遠くて近い自然、宇宙のはからいの力。
その世界は眩しくて、わたしをそのまま光で包みこんだけれど、その光の質は真っ暗な闇の中で感じた光とは別の。
明るいところで寂しかった。
恥ずかしいような気持ちもあって。
赤ちゃんにも恥ずかしい感じはあるんだね。
赤ちゃんだからこそよりその眩しいばかりの光りが自分を照らし出し、だれが、あなたがどう考えている、どう感じているのかは浸透し、それがすべてのように包み込む。
その暗さに戻りたいと思う気持ちがわたしを支えている。
しかし、そこには何もないことも知っている。
そこにはもうない。あの時のなにかはもうないのだからうちなる光と闇で進んでいけ。
わたしはその光に包まれた闇の優しい真綿のようなフカフカをまとい生まれてきたんだから。
誰かがここを進んだことも知っている。
神秘の螺旋を伝いながらその真綿の毒を解除するんだ。

自分の力を忘れてはいけないよ.イルカメディスン

イルカは人と遊んでくれる、恐れをしらない存在だといわれたりもしていますが
それは本当のことかはわからないとも言われている。
しかし、イルカのハイジャンプ
そして水しぶきをかぶるのはわくわくする時間の一つ。夏の思い出や旅の思い出になんだかついてくる。

気泡にはたくさんの空気が含まれて、空気を含んだお茶は大変美味しので
高いところから紅茶を注ぐindoのおじさんなのだ。

自分の気持ちにふさぎ込んだり、拘っているとまるで岸に流されたイルカのように
おなかを出して出口を探さないと行けなくなるよ。
そこには、出口も入り口もなく広い海が広がって
君の行きたいところに行けばいいのに何処か自分の定めた入り口、出口で困っているんだね。

広がりの中で場所を感じてご覧。

自分は全くの自由であることを思いだそう。自由とは自分から発せられた力と繋がる強い気持ち。

自分で高く飛び上がる力があることを忘れないで。

飛び上がる力を忘れたら大きな波に飲み込まれるよ。

自分の飛び上がり、自分の喜びを感じる力を忘れたら行けないよ、そこが一番大事なところ。

飛び上がるときたくさんの綺麗な空気を身体に巡らし、自分の重さを忘れてご覧。

個性化へのプロセスー大事なこと、どうしてもしたいことを諦めない

ユングが提唱した提唱した個性化についてのちょっとした解説。個性化とは、生涯続く、人として心の成長のプロセス。人が集合的な価値観から脱して個になっていくプロセスでるとも言われています。社会、家族、時代、宗教などが規定する支配的価値観つまり外的価値観ではなく、自らの内なる、開かれた価値観に基づいて生を歩むプロセスと言われています。

個性化とは生涯続く人としての成長のプロセス

タロット占いや占星術などはあまり興味がないまま大人になりました。
幼い頃は絵や音楽が大好きで、今もそれは変わらない。興味深い画家、作家と出会えば色々調べて図書館に通ったりもしました。
ただ観て終わりではなかったし、やはり作品を作る人たちの人生や考え方に興味があるんですよね。
もちろん若い頃は自分もその方向へと進みたいけどどうしたら慣れるのか?書くしかないのですが。
十代の頃のサブカルチャーが一般の方の投稿で成り立っている雑誌が多かったのです。いわゆる投稿雑誌が全盛でした。今はネットで映画や本などの書評をその専門のサイトに投稿するようなことだと思います。
雑誌の後ろの読者のお手紙コーナーだけで成り立つ雑誌もあったんですよ。私のホロスコープは月が水瓶座、水星が双子座だから、色々な考えや物事に興味が多くあったのだと思います。いろいろな思想や考えにひかれる。
中学になると、絵よりも音楽です。幼い頃にギターやりたくて買ってもらったものを引っ張り出して弾いたりしてました。だんだんとわたしはベースの音が好きだと気づき、ベースをてにいれました。ギターよりは弾きやすいと感じました。いまから35年ほど前なので、父子家庭のわたしは、あまりクラブ活動などはなかなか出来なかった。なぜかというと、スーパーが夕方5時か6時にしまり、それを見越して帰らねばならなかった。
24時間スーパーなども一時期は普通にありましたが、これからはまた夜には閉まるスーパーが普通になるんでしょうね。エネルギー問題もありますし。
そのような片親の家庭に育つとやはり力をセーブするようになったり。出来なかったら怒られたりと、家の役割ができてしまう。その中でできることを選ぶようになったのも事実。絵をやったり、音楽をやったりはある程度時間をかけて行うことが大事だから、どうしても後回しにもなっていきました。
人生は理不尽です。(笑)
ユングは個性化へのプロセスはあ一生続くと言いました。私たちは人生の中で心と身体、環境の変化に合わせる、乗り越えるということを繰り返し、成長し、個性化への道、自分自身を発見するのでしょう。
あの頃はそんな時代だったし、しょうがないわけであります。全く不満もなかったです。
それに段々と新しいことにも興味が移っていくのが、人間だからです。ずっと好きなことが一緒という人も稀だし、ホロスコープを読むものとしたら、変わるものですよとお伝えしたい。変わらない人もいるともお伝えしたい。
私自身も、自分がする側になりたいということは無くなりましたが、音楽も絵も読書も大好きですけどね。私たちは、時代や社会からの価値観を知らぬ間に押し付けられているので、その中で個人個人がやりくりするものである。
あの頃は、組織や家族の一員とはそういうものでしたな時代です。しかし、世の中をみているとヤングケアラー問題や若い人が苦労している。世の中の問題の犠牲的になっているのではないかということも感じます。
一部の家族の問題が、社会の比率的には大きくなっていることが気がかりですよ。
システム、社会の中に暮らしていると、そのシステムに影響されてしまうものです。それが人間が社会的な動物であることでもあると思います。家族や関係性に所属していると感じることは、心身の健康に一役かっていることも大いにあります。家族愛や、会社愛、集団の一員であると感じれることは人を強くもしてくれると思います。
しかし、それでは個性化へのプロセスが始まらない人はいる。家族や組織や繋がりを重要視する価値観のままで生きる人もいると思います。そして、家族関係の不足、不和があり、自分自身の家族を得るために個性化のプロセスが始まる方もいらっしゃると思います。
それは何かが問題ではなく、その方にとって内なる何らかの呼び声が聞こえている。または人生の途上で素敵な方と出会うとか。興味あることを見つけてしますとか。色々なことが考えられます。家族に問題があっても家族を持たないことでもないし、家族にこだわる人もいてもいい。何かの結果のために原因がなくてもいいのではないか?
この「こうなったのは、○○」には誰かや何か、出来事などが関与しているということになっている。しかし、原因と結果はどちらが先がわからないというのがエネルギーの世界、アカシックレコードの世界なのだ。
因果の世界から解き放たれないと、素直に物事を始められない方は多いのかもしれないと感じる。
才能も一つの原因であり、結果を導いてくれるのだけれど、プロセスが抜け落ちてしまうと、恐らく才能は枯渇するんだな。
才能はやってから見えてくることもあるので、まずはその先に歩んでいかねばならないのだ。それが内なる価値観と出会っていける唯一の手がかりとも言えます。なので成長という見えにくい生き方を価値として生きて行かねばならない。誰が判断してくれるわけでもなく、喜ばれるかもわからない生き方。第一、所属している集団的価値観から背くような価値観かもしれませんし。

そこで、人は自立のみちを歩まざるを得ないのですね。そばで面倒みてもらいながら生きていくのか?まずは自分自身を面倒見れる人になるのか?y

好きなことをしなさいという言葉は一種の呪いとも思うのだけれど、知らぬ間に時間を忘れて没頭することがある人は幸せだと思いますよ。まずは時間を自分のために、自分一人で過ごせるって個性化への道なのかもしれません。しかし、この考えも偏っているでしょ?なぜ、一人で没頭することが素晴らしいというのか?ということで、誰かと過ごす時間をこよなく愛することが大事な人もいるので、好きなことをするという中に人とおしゃべりするとか、他者との関係を加えないと、個人、個人のその方の個性が見えにくいのです。
個性化は一生続く成長のプロセス。
私になるために、個性化への道は続きます。集団的価値観から自分自身の核のような考え方に出会うまでには辛く、苦しい経験もあるかもしれません。しかし、その苦しさから逃げてはいけない。

 

幸福になることでその本心もわかります。

だからこそ、人は留まる必要はないのです。

世界は変化することが唯一の普遍であると言われています。

 

人の心も身体も変化する。

その変化に合わせることでも人生はあっという間に終わってしまう。

だからこだわりや大事なものがはっきりとわかって生まれてきていることは

その人生を歩もうと生きていらっしゃるということです。

どうか大事なことが有られる方は大事にされてくださいね。