クリスタルヒーリングの学びはじめ

クリスタルを学んだのは、その前にアトランティスのヒーリングというものを学んだんです。かれこれ、23年ほどになります。
五感に対して音や香り、色、触覚、食などを多岐に渡ることでアプローチするものだったんだけれども、はっきり言ってなにが起こっているのかがわからないということにひっかかったわけですよ。
やっていることは見せられるし、体験もさせてもらいましたが、結局は「誰もいま、なにが行われているか」がわかっているのか?もちろんヒーリングの目的はあるので、それがうまくいくようにクリスタルボウルやアロマやらがあるし、使われているし、先生はこうすることはこういう成果があるんだということで、わたしもそれにひかれて学びに行った。
面白いとも思ったし、先生から受けた方の感想を聞いても面白いが、しかし、そのプロセスはどうなっているのかが謎だった。
しばらく色々と学ぶ中で、別にクリスタルボウルもいらない、CDでもあの感覚は体験できるし、体験してもらえるとはわかったので、クリスタルボウルを手に入れることなどは諦める。高額でしたし。
もちろんその時にクリスタルボウルやヒーリングに使われる楽器に対しての効果を否定している訳ではありません。
わたしが演奏家?ヒーリングにおけるサウンドセラピストとして探求しないことにした訳です。
話は戻り、ある時にあのヒーリングというものを理解するにはなにがよいのだろうかと思った訳です。いやぁ、色々揃えても、何が起こっているかがわからないのに私は何者なんだ?という疑問はなくならない。探究心がおさまらなかった。
大阪の本町あたりを自転車で走っていた時に、クリスタルヒーリングっていいんやないかと浮かんだんですね。そのアトランティスのヒーリングにもクリスタルが使われていたのでふと、ふと。
アトランティスのヒーリングをなぜ学ぼうかと思ったかというと、オーラソーマを学び、セラピストになり、アロマ講師、アロマセラピストになりたかった私は、それ以前にアロマ講師(NARD認定アロマセラピー講師養成資格)の資格とトリートメント、リフレクソロジーの資格を持ち、そのアロマの知識とを深め、ヒーラーになりたかったんですよね。その時、友人たちとサロンを始めていたので、深めたかった。仕事もやめて人生をその方向に持って行きたかった。
その頃、よい本に出合わせてくれた古本屋に入ったところ、そこにクリスタルジャーニーって本がありました、
綺麗な水晶の写真が表紙で、これがいいんやないの?とおもいました。
そこから、スルスルって出来事が繋がっていきます。クリスタルを学ぶことになったんです。その頃はサロンから一歩引いた状態です。
クリスタルヒーリングを学ぼうって思った割には、その後に大困窮時代が訪れていきます。クリスタルと出会い、暮らしていく中で、タロットにも出会い、わたしの人生は魂の責任を負うことについて考えさせられていったんです。
あの2000年頃からビジョン、透視的な能力がはっきりとあらわれてきたようにおもいます。
夢と現実が呼応しながら進んでいくような日々が始まりました。
クリスタルヒーリング、ルベライト.jpeg

アトランティスの学びを越えてーヒーリングを学び始めの頃

コダマ凛です。

2000年前後の頃のお話です。アトランティスのワークを学ぶ前は、オーラソーマセラピー、NARD認定アロマテレピー講師養成を学び、取得。

そしてリフレクソロジー、チャクラトリートメントを学んでおりました。

コスモセラピーを学び始めた時にヒーリングというものに興味を持ちました。

コスモセラピーというのは、五感、六感、七感の活性化と申しますが肉体次元の自己と魂の繋がりを高め、高次元の感覚を活性化するセラピー、ヒーリングです。

元々身体の中にある記憶やトラウマ療法に興味があり、どちらかというとボディワーク、今でいうソマティック療法に興味がありました。まだまだ今よりもセラピーが知られておらず、マニアックな領域でもあったんです。

その頃、2022年の30年近く前、

まだまだ日本ではライトボディと言われるようなクリスタル・ヒーリングを含めたヒーリングはある意味主流ではなかったです。

今も学び、講師になったりというような方面としてはスピリチュアルな学びは発展しているように思いますが、実践という面ではまだまだ難しいのかな。基本は瞑想を深めることが大事なんですよ。

アトランティスの時代は、身体に人が入る、宿り始めて、身体から抜け出るのでヒーリングをしているというビジョンを見たことがあります。

現代は肉体に入り込み過ぎて

その肉体と魂や霊性、もちろん精神性などを思い出すということが、ヒーリングにおいてまず起こることの一つなのかもしれません。

クリスタルヒーリングを学んでいた時、案外とすんなりと出来たのですが、やり方が違うと言われたこと。今のやり方はそうではないのだと。

過去生のビジョンがところどころ出てきはじめた時に知りました。

ある時に「コスモセラピー」というアトランティスのヒーリングといわれるヒーリングを学びに広島や東京に訪れた時、

面白い不思議な体験やシンクロニシティが起こり、不思議なめぐり合わせということも体験しました。

 その学びはあまり実践できなかったのですが(あまりに器材が必要過ぎて、揃えるのに経済的に難しかったというのもあります)

その後、あのヒーリングというものを学び、このヒーリング中になにが起こっているのかを知るにはなにを学べばよいのかな?と思った際にクリスタルヒーリングが浮かびました。その前に、オーラソーマを学んでいたのですが、クリスタルには興味がわかなかったんですね

ふと自転車を漕ぎながら、ヒーリングを理解するにはクリスタルじゃないか?と何故が思い立ち、不思議な古本屋にはいりました。

人には時にそこに行けば、未来や様々な世界と通じる場ができる時があるようです。

その時はその難波にある古書店でした。(今はもうありません)

すると下記の本が並んでいてそれを手にとり、そこからクリスタルヒーリングを学ぶ事になっていきました。

しかし、何度もやめようかと思ったのですが、うまく出来ない感じや自分自身がクリスタルやヒーリングの場にいることから去ることは出来なくて、粛々とセルフ・ヒーリングとヒーリングをさせていただける時を大事にしながら進んで来た次第。

学んでから20年ほどになるので、昔の初心者のようには出来ないですがこれが継続の妙だなと思います。

何かに出会ったら、すぐわかる。ビビビっていうような都市伝説的なことを言われていますが、それはどうかなと思います。

ビビビは続かないし、やめられないという方が正しいと思います。しんどくても何故か続けている。自分の資質に合わないものは、続けられないかもしれない。

どこかでそれが必要だと感じている。

もしかして、その取り組んでいることがあなたを導いてくれているのかもしれない。

あなたのテーブルに広げられたノートが待ってくれているかもしれない。

自分を変容させ新しい人生に向かう時は資質などは横において、決めたことをただ取り組むべきかと思います。自分に才能があるか?とかお仕事になるのか?なんていうのをきにしていたら、誰でもできることが手っ取り早いです。

何故こんなことをしているんだ~人生が大暴落だ~と思った時もありましたが。(私の場合、知人にもあなたの人生ギャンブルやね、と言われましたが、ギャンブルのように何かに自分を張っていく行為って好きかもしれないです。)

どうか人生に喜びのための投資、人生のギャンブルを~。

と話が脱線してしまいましたが、私たちの中にアトランティスの人類の資質が眠っていて、そのころの課題に取り組むことがあるとスピリチュアルでは言われている側面もあります。

なにかスピリチュアルな取り組みがしたい。どうしても諦められないならどうかどんな形でも続けてくださいね。
過去ではなく未来へ。占いというような分野もどのようにその生まれた時の星の配置が作り出すこの3次元的な要素を意志の力で越えていくこと。
人生を今、そして未来に即して自分自身の可能性を生きることができることが大事なのだと思っています。

 

個性化へのプロセスに批判はいらないかもしれない。

ユングが提唱した提唱した個性化についてのちょっとした解説。個性化とは、生涯続く、人として心の成長のプロセス。人が集合的な価値観から脱して個になっていくプロセスでるとも言われています。社会、家族、時代、宗教などが規定する支配的価値観つまり外的価値観ではなく、自らの内なる、開かれた価値観に基づいて生を歩むプロセスと言われています。

https://blog.kodamarin.com/2022/06/11/%e3%82%bf%e3%83%ad%e3%83%83%e3%83%88%e3%81%a8%e5%87%ba%e4%bc%9a%e3%81%84%e3%80%81%e4%ba%ba%e7%94%9f%e3%82%92%e5%8b%95%e3%81%8b%e3%81%97%e5%a7%8b%e3%82%81%e3%81%9f%e9%a0%83/
タロット占いや占星術などはあまり興味がないまま大人になりました。

幼い頃は絵や音楽が大好きで、今もそれは変わらない。興味深い画家、作家と出会えば色々調べて図書館に通ったりもしました。

いまは、絵をみるけれど、行ったという経験の方が大事な人が多いのだなと思ったり。

ただ観て終わりではなかったし、やはり作品を作る人たちの人生や考え方に興味があるんですよね。

十代の頃のサブカルチャーが一般の方の投稿で成り立っている雑誌が多かった。雑誌の後ろの読者のお手紙コーナーだけで成り立つ雑誌もあったんですよ。私のホロスコープは月が水瓶座、水星が双子座だから、色々な考えや物事に興味が多くあったのだと思います。いろいろな思想や考えにひかれる。

中学になると、絵よりも音楽です。幼い頃にギターやりたくて買ってもらったものを引っ張り出して弾いたりしてました。だんだんとわたしはベースの音が好きだと気づき、ベースをてにいれました。ギターよりは弾きやすいと感じました。いまから35年ほど前なので、父子家庭のわたしは、あまりクラブ活動などはなかなか出来なかった。なぜかというと、スーパーが夕方5時か6時にしまり、それを見越して帰らねばならなかった。

そのような片親の家庭に育つとやはり力をセーブするようになったり。出来なかったら怒られたりと、家の役割ができてしまう。その中でできることを選ぶようになったのも事実。絵をやったり、音楽をやったりはある程度時間をかけて行うことが大事だから、どうしても後回しにもなっていきました。

人生は理不尽です。(笑)

あの頃はそんな時代だったし、しょうがないわけであります。全く不満もなかったです。それに段々と新しいことにも興味が移っていくのが、人間だからです。ずっと好きなことが一緒という人も稀だし、ホロスコープを読むものとしたら、変わるものですよとお伝えしたい。変わらない人もいるともお伝えしたい。

私自身も、自分がする側になりたいということは無くなりましたが、音楽も絵も読書も大好きですけどね。

私たちは、時代や社会からの価値観を知らぬ間に押し付けられているので、その中で個人個人がやりくりするものである。

あの頃は、組織や家族の一員とはそういうものでしたな時代です。しかし、世の中をみているとヤングケアラー問題や若い人が苦労している。世の中の問題の犠牲的になっているのではないかということも感じます。

一部の家族の問題が、社会の比率的には大きくなっていることが気がかりですよ。

システム、社会の中に暮らしていると、そのシステムに影響されてしまうものです。それが人間が社会的な動物であることでもあると思います。家族や関係性に所属していると感じることは、心身の健康に一役かっていることも大いにあります。家族愛や、会社愛、集団の一員であると感じれることは人を強くもしてくれると思います。

しかし、それでは個性化へのプロセスが始まらない人はいる。家族や組織や繋がりを重要視する価値観のままで生きる人もいると思います。そして、家族関係の不足、不和があり、自分自身の家族を得るために個性化のプロセスが始まる方もいらっしゃると思います。

それは何かが問題ではなく、その方にとって内なる何らかの呼び声が聞こえている。または人生の途上で素敵な方と出会うとか。色々なことが考えられます。家族に問題があっても家族を持たないことでもないし、家族にこだわる人もいてもいい。何かの結果のために原因がなくてもいいのではないか?

この「こうなったのは、○○」には誰かや何か、出来事などが関与しているということになっている。しかし、原因と結果はどちらが先がわからないというのがエネルギーの世界、アカシックレコードの世界なのだ。

因果の世界から解き放たれないと、素直に物事を始められない方は多いのかもしれないと感じる。

才能も一つの原因であり、結果を導いてくれるのだけれど、プロセスが抜け落ちてしまうと、恐らく才能は枯渇するんだな。

才能はやってから見えてくることもあるので、まずはその先に歩んでいかねばならないのだ。それが内なる価値観と出会っていける唯一の手がかりとも言えます。なので成長という見えにくい生き方を価値として生きて行かねばならない。誰が判断してくれるわけでもなく、喜ばれるかもわからない生き方。第一、初速している集団的価値観から背くような価値観かもしれませんし。

そこで、人は自立のみちを歩まざるを得ないのですね。そばで面倒みてもらいながら生きていくのか?まずは自分自信を面倒見れる人になるのか?y

好きなことをしなさいという言葉は一種の呪いとも思うのだけれど、知らぬ間に時間を忘れて没頭することがある人は幸せだと思いますよ。まずは時間を自分のために、自分一人で過ごせるって個性化への道なのかもしれません。しかし、この考えも偏っているでしょ?なぜ、一人で没頭することが素晴らしいというのか?ということで、誰かと過ごす時間をこよなく愛することが大事な人もいるので、好きなことをするという中に人とおしゃべりするとか、他者との関係を加えないと、個人、個人のその方の個性が見えにくいのです。

個性化は一生続く成長のプロセス。

私になるために、個性化への道は続きます。集団的価値観から自分自身の核のような考え方に出会うまでには辛く、苦しい経験もあるかもしれません。しかし、その苦しさから逃げてはいけない。

タロットに出会い、人生が変えて行った頃

コダマ凛です。

タロットの習い始めについてのお話し。私の人生の転機の頃。

タロットは、ある出会いがあって、その人の気持ちを知りたいと思った時に、手元にオーラソーマタロットがあり、ふとカードを開けてみたのです。すると当たっているような気がしたんです。

見ようみまねで読んでみたのですが、タロットって面白いのかもしれないと。2002年ぐらいでした。

だからと言って、タロットを学ぼうとは思ってもおらず、タロットって面白いのかもでした。

セラピストとして

アロマトリートメント、リフレクソロジー、そしてチャクラトリートメントを行いながら、オーラソーマするんだというビジョンがあって、セラピストになりたかったのです。

なのでタロットまでは辿り着いていませんでした。

セラピー関係の学びをはじめ、幸運なことに友人たちとサロンを始めることができ、リフレクソロジーやアロマテラピー講師などをさせていただくチャンスがありました。

セラピストを始める中で、アロマトリートメントをさせていただいたお客さまには喜んでいただくが、自分自身が言葉によって伝えるセラピーの方が向いている。興味が高まることに気付きました。

自分自身の興味や人の心の不思議、もっと先があるのではないかという感触がいつも残りました。

その感覚を抱いた頃に知人と始めていた、オーラソーマサロンと、関わらせていただいたアロマ関係のスクールやトリートメントサロンから離れる機会が訪れました。

その間際にタロットと出会うことになったのです。

なので、占いとしてのタロットとの出会いは遅かったんです。

ルーンというのは22歳ごろに出会っており、ルーンって面白い。すごいと思っていましたが、誰かにみてもらおうとかいうのは思わなかったというのも占い関係になかなかいかない私でもありました。

今後はもしかして、またセラピー関係に戻る気がしていますが、その時は何もなくなった状態でタロットカードを学ぶことで、スピリチュアルなことや、セラピー関係で仕事をできたらと思っていました。

タロットは生まれた時に、腹巻きに入れてきたと言われるぐらい向いていたようです。

しかし、占い関係にどうしても抵抗があり、占い関係に進むことよりも、タロットをより読めるようになりたいということには熱意を持って色々とチャンスを探していたように思います。

収入にもならないけれど、電車賃を使って遠くまでタロットをやれる場所に行くとか。

一人で家でいてもきてくださる方はいるわけでもないですから。

その頃は色々な方がチャンスもくれて、ありがたいことばかりでした。

ご迷惑もかけていただろうし、心配してくれる人々もいました。あの頃は今よりも狭い世界で、本当に一人で覚悟を持って取り組むのは大変だったのかもしれません。

そして

個人的な人生、家族との関わりも大変な時期でしたので、一人で道をつくっていかないといけない時期でもあったのです。

反対される方からは距離を取ることもありました。

ヒーリング仲間には、あなたの人生ギャンブルと言われましたが、案外と嫌じゃないかもしれません。みなさんには勧めません。

タロットはこれからの自分の人生がどうなっていくかわからない時に道を示してくれました。

よくタロットがロマの道具で土地を持たないもの、旅するものたちの道具と言われますが、まさに自分のことですよ。

そのタロットが重要なことをいつも教えてくれました。

それは私がどうしても繋がらないといけないことがあったからです。

タロットの面白さと素晴らしさを知ることによって、タロットで生きていくことは悪くないな。と思えるようになりました。

自分に役に立ってくれたものが、他人に役立たないわけでもなく、自分自身がタロットやクリスタルと出会うこと、アロマテラピーもですが、人生を開いてくれたのでした。

タロット講座もやっております。

アカシックタロット講座夜間編

リンク

受講生募集中)アカシックタロット講座アカシックレコードの叡智とタロットの叡智が絡み合いあなたの運命、そして可能性を紐解く力をつけましょう。夜間での開講となります。ウェイト版をもとにお伝えしますが、幅広くタロットカードの意味を採用してお伝えします。kodamarin.com

水晶透視講座やってみませんか?

水晶透視をやってみませんか?

リンク

6月26日水晶透視レッスンーサイキックリーダー養成初級講座 | nuit/星雲舎水晶透視講座は水晶を覗くことであなたが地球とつながり、宇宙からのエネルギーを受け取るダイレクトな体験です。あなたがすでに観ていること、感じていることを活性化し、スピリチュアル領域のエネルギーを体験するためのサイキックリーダーへの一歩を踏み出すレッスンです。kodamarin.com

 

タロットと出会い、人生を動かし始めた

コダマ凛です。

個性化のプロセスを私自身の経験からここでまとめておこうと思いました。

ユングが提唱した提唱した個性化についてのちょっとした解説。

個性化とは、生涯続く、人として心の成長のプロセス。人が集合的な価値観から脱して個になっていくプロセスでるとも言われています。社会、家族、時代、宗教などが規定する支配的価値観つまり外的価値観ではなく、自らの内なる、開かれた価値観に基づいて生を歩むプロセスと言われています。

タロットの習い始めについてのお話し。私の人生の転機の頃。

タロットは、ある出会いがあって、その人の気持ちを知りたいと思った時に、手元にオーラソーマタロットがあり、ふとカードを開けてみたのです。すると当たっているような気がしたんです。

見ようみまねで読んでみたのですが、タロットって面白いのかもしれないと。2002年ぐらいでした。

だからと言って、タロットを学ぼうとは思ってもおらず、タロットって面白いのかもでした。

セラピストとして

アロマトリートメント、リフレクソロジー、そしてチャクラトリートメントを行いながら、オーラソーマするんだというビジョンがあって、セラピストになりたかったのです。

なのでタロットまでは辿り着いていませんでした。

セラピー関係の学びをはじめ、幸運なことに友人たちとサロンを始めることができ、リフレクソロジーやアロマテラピー講師などをさせていただくチャンスがありました。

セラピストを始める中で、アロマトリートメントをさせていただいたお客さまには喜んでいただくが、自分自身が言葉によって伝えるセラピーの方が向いている。興味が高まることに気付きました。

自分自身の興味や人の心の不思議、もっと先があるのではないかという感触がいつも残りました。

その感覚を抱いた頃に知人と始めていた、オーラソーマサロンと、関わらせていただいたアロマ関係のスクールやトリートメントサロンから離れる機会が訪れました。

その間際にタロットと出会うことになったのです。

なので、占いとしてのタロットとの出会いは遅かったんです。

ルーンというのは22歳ごろに出会っており、ルーンって面白い。すごいと思っていましたが、誰かにみてもらおうとかいうのは思わなかったというのも占い関係になかなかいかない私でもありました。

今後はもしかして、またセラピー関係に戻る気がしていますが、その時は何もなくなった状態でタロットカードを学ぶことで、スピリチュアルなことや、セラピー関係で仕事をできたらと思っていました。

タロットは生まれた時に、腹巻きに入れてきたと言われるぐらい向いていたようです。

しかし、占い関係にどうしても抵抗があり、占い関係に進むことよりも、タロットをより読めるようになりたいということには熱意を持って色々とチャンスを探していたように思います。

収入にもならないけれど、電車賃を使って遠くまでタロットをやれる場所に行くとか。

一人で家でいてもきてくださる方はいるわけでもないですから。

その頃は色々な方がチャンスもくれて、ありがたいことばかりでした。

ご迷惑もかけていただろうし、心配してくれる人々もいました。あの頃は今よりも狭い世界で、本当に一人で覚悟を持って取り組むのは大変だったのかもしれません。

そして

個人的な人生、家族との関わりも大変な時期でしたので、一人で道をつくっていかないといけない時期でもあったのです。

反対される方からは距離を取ることもありました。

ヒーリング仲間には、あなたの人生ギャンブルと言われましたが、案外と嫌じゃないかもしれません。みなさんには勧めません。

タロットはこれからの自分の人生がどうなっていくかわからない時に道を示してくれました。

よくタロットがロマの道具で土地を持たないもの、旅するものたちの道具と言われますが、まさに自分のことですよ。

そのタロットが重要なことをいつも教えてくれました。

それは私がどうしても繋がらないといけないことがあったからです。

タロットの面白さと素晴らしさを知ることによって、タロットで生きていくことは悪くないな。と思えるようになりました。

自分に役に立ってくれたものが、他人に役立たないわけでもなく、自分自身がタロットやクリスタルと出会うこと、アロマテラピーもですが、人生を開いてくれたのでした。

タロット講座もやっております。

アカシックタロット講座夜間編

受講生募集中)アカシックタロット講座アカシックレコードの叡智とタロットの叡智が絡み合いあなたの運命、そして可能性を紐解く力をつけましょう。夜間での開講となります。ウェイト版をもとにお伝えしますが、幅広くタロットカードの意味を採用してお伝えします。kodamarin.com

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水晶透視をやってみませんか?

6月26日水晶透視レッスンーサイキックリーダー養成初級講座 | nuit/星雲舎水晶透視講座は水晶を覗くことであなたが地球とつながり、宇宙からのエネルギーを受け取るダイレクトな体験です。あなたがすでに観ていること、感じていることを活性化し、スピリチュアル領域のエネルギーを体験するためのサイキックリーダーへの一歩を踏み出すレッスンです。kodamarin.com

 

クリスタルヒーリングの学びはじめ

クリスタルを学んだのは、その前にアトランティスのヒーリングというものを学んだんです。かれこれ、23年ほどになります。

五感に対して音や香り、色、触覚、食などを多岐に渡ることでアプローチするものだったんだけれども、はっきり言ってなにが起こっているのかがわからないということにひっかかったわけですよ。

やっていることは見せられるし、体験もさせてもらいましたが、結局は「誰もいま、なにが行われているか」がわかっているのか?もちろんヒーリングの目的はあるので、それがうまくいくようにクリスタルボウルやアロマやらがあるし、使われているし、先生はこうすることはこういう成果があるんだということで、わたしもそれにひかれて学びに行った。

面白いとも思ったし、先生から受けた方の感想を聞いても面白いが、しかし、そのプロセスはどうなっているのかが謎だった。

しばらく色々と学ぶ中で、別にクリスタルボウルもいらない、CDでもあの感覚は体験できるし、体験してもらえるとはわかったので、クリスタルボウルを手に入れることなどは諦める。高額でしたし。

もちろんその時にクリスタルボウルやヒーリングに使われる楽器に対しての効果を否定している訳ではありません。

わたしが演奏家?ヒーリングにおけるサウンドセラピストとして探求しないことにした訳です。

話は戻り、

ある時にあのヒーリングというものを理解するにはなにがよいのだろうかと思った訳です。いやぁ、色々揃えても、何が起こっているかがわからないのに私は何者なんだ?という疑問はなくならない。探究心がおさまらなかった。

大阪の本町あたりを自転車で走っていた時に、クリスタルヒーリングっていいんやないかと浮かんだんですね。そのアトランティスのヒーリングにもクリスタルが使われていたのでふと、ふと。

アトランティスのヒーリングをなぜ学ぼうかと思ったかというと、オーラソーマを学び、セラピストになり、アロマ講師、アロマセラピストになりたかった私は、それ以前にアロマ講師の資格とトリートメント、リフレクソロジーの資格を持ち、そのアロマの知識とを深め、ヒーラーになりたかったんですよね。その時、友人たちとサロンを始めていたので、深めたかった。仕事もやめて人生をその方向に持って行きたかった。

その頃、よい本に出合わせてくれた古本屋に入ったところ、そこにクリスタルジャーニーって本がありました、

綺麗な水晶の写真が表紙で、これがいいんやないの?とおもいました。

そこから、スルスルって出来事が繋がっていきます。クリスタルを学ぶことになったんです。その頃はサロンから一歩引いた状態です。

クリスタルヒーリングを学ぼうって思った割には、その後に大困窮時代が訪れていきます。クリスタルと出会い、暮らしていく中で、タロットにも出会い、わたしの人生は魂の責任を負うことについて考えさせられていったんです。

あの2000年頃からビジョン、透視的な能力がはっきりとあらわれてきたようにおもいます。

夢と現実が呼応しながら進んでいくような日々が始まりました。

未来の呼び声に応え続けることー自分自身になること、自己を愛すること。

アストロシャーマン・コダマ凛と申します。

大学を出てから身体についての学び、カウンセリングなどの学びを繰り返し、オーラソーマやアロマテラピー講師などからプロとしての道が開けました。

幼い頃から色々な興味を抱き、調べ、体験し、自分なりにその疑問から自分自身を知るようなことを繰り返してきました。

タロットも問いの中に答えはあります。

この出来事の真実とは?真理とは?なにを恐れているのかが分かってきます。

生きることは望む自分に近づき、そしてそれを生きることです。

出来ないことを考えている時間は感情の無駄遣いです。

望むことの未来からの呼び声に応え続け、その道を歩むこと。

きっと未来のあなたがそこにいますよ。

思いの世界は妄想です。

妄想を現実に引き下ろすことは勇気です。誰かにとっては無謀かもしれません。

しかし、自分だけがその思いを現実化する鍵を握っている。

扉は開け続けるものです。

未来からの呼び声はコーリングと呼ばれてきました。

その声の主が誰かはどうでもいいのです。神様や守護霊の声でなくてもいいのです。

あなたの未来からの呼び声に応えることが案外と難しいのですから。自分を信じることは本当に難しいのです。

自分自身を愛するのはその道を歩むこと、声にこたえることが自分自身を愛すること。